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ウォーキングとフラメンコ
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中原区1「歴史の道探訪 中原街道コース」川崎市各区の散策 2025.05.14

2025.5.14(水) 曇  4.2km→4.1km

ルート:①武蔵中原駅~②地蔵尊~③泉澤寺~④神地橋(耕地橋)~⑤小杉御殿跡 石碑~⑥西明寺~⑦旧名主家長屋門~⑧旧原家母屋跡~⑨丸子の渡しの碑~⑩新丸子駅


川崎市「ウォーキングのススメ」中原区一日目は1,5の2コースを歩きます

コース1は「かわさきTEKTEK リアルウォーキング 歴史の道探訪 中原街道コース」と全く同じなので、再挑戦することにしました


川崎市:ウォーキングのススメ

各区のウォーキングマップや散策コースを集めてみました!

<参考>

川崎市中原区 : 歴史と緑の散策マップ  2025年3月  中原区役所 地域振興課

散策マップの内容をリニュアルしました。散策マップ内で紹介している散策コースは、下記よりダウンロードできます。リニュアルされた冊子は区役所・市民館・図書館等で5月中旬頃に配布予定となります。

※スマートフォンで「なかはら歴史と緑の散策マップ」が閲覧できます!

世界中のフリーマップを見ることができるアプリ「Avenza Maps」を使って、スマートフォンやタブレット端末上でガイドマップの地図が閲覧できます。地図上に自分の現在地が表示されるので、区内の散策等で役立ちます。

歴史の道探訪 中原街道コース(PDF形式, 2.19MB)

江戸と平塚の中原を結ぶ道は中原街道と呼ばれました。 また相模を通るので「相州街道」平塚で造られた酢が江戸城へ運ばれたので「お酢街道」などとも呼ばれました。やがて東海道が整備され、大名行列が東海道を通るようになると、中原街道は脇往還となり、以前の賑わいを失っていきました。しかし中原街道は沿線の物資や農作物の輸送などに欠かせない大切な道として、その後も人々の生活に深い関わりを持ち続けてきました。今も街道沿いには旧家や古くからの地名、商家、石仏、石碑などが残り、街道沿いで織り成されてきた歴史を偲ぶことができます。 (川崎歴史ガイドより)


中原区1「歴史の道探訪 中原街道コース」

9:20  ①武蔵中原駅 北口  スタートしました 


北口を出て 右折 南武沿線道路へ  


武蔵中原駅を振返ったところ 


上小田中交差点 左折 中原街道へ  


9:26  ②地蔵尊  神地の石塔 

旧中原村役場跡前の街道の西側には祠が多く見られます。庚申塔・地蔵尊・水天宮などがあり、供物や献花が絶えません。 門前市が栄え豊かで平和な暮らしがあった往時の民衆の信仰が、今も脈々と続いている証です。


歩道の敷石  


旧中原村役場跡 


9:36  ③泉澤寺 

浄土宗泉澤寺は、 領主吉良氏の菩提寺として世田谷の烏山にあったものが焼失したため、 室町時代末に中原の現在地に再建されました。 吉良氏は税を免除して居住を促し、 門前市を開いてこの地の繁栄を図りました。


9:41  ④神地橋(耕地橋)(二ヶ領用水) 


小杉十字路(府中街道) 直進  


油屋の庚申塔  

西明寺交差点  中原街道は左折して右折  カギの道

カギの道:当時のカギ型の道筋は御殿の防衛の重要な役目を果たすもので、 現在もその形を残しています。


西明寺 入口 


9:54  ⑤小杉御殿跡 石碑 

家康が平塚の中原に建てた中原御殿に倣い、二代将軍秀忠が建てた小杉御殿は、家康、秀忠、家光公の送迎や鷹狩の際の休憩や宿泊などに使われました。後に東海道が主街道になると廃止されました。御殿はおよそ1万2千坪(4万平方メートル)の広さに及び、表御小杉御殿 門・御主殿御殿番屋敷・御蔵・御馬屋敷・裏御門などが建ち並んでいました。


9:55  ⑥西明寺 龍宿山西明寺 

龍宿山西明寺は、有馬にあったもの室町時代の始めに現在の場所に移されたと伝えられています。中興の祖北条時頼にまつわる伝説があり、これにちなむ弁才天が出世弁天として境内に祭られています。小杉学舎はここの本堂を借りて始められています。


西明寺を出て 中原街道へ  


碑橋 八百八橋   


石橋醤油店  


小杉陣屋町交差点 直進 


10:12  ⑦旧名主家長屋門  安藤家長屋門  前の敷地が工事中で近づけません 

川崎市教育委員会 : 安藤家長屋門  

安藤家の祖先は、小田原の後北条氏に仕えていた安藤大炊助重虎(あんどうおおいのすけしげとら)で、後北条氏滅亡後に小杉村に土着帰農したと伝えられています。江戸時代には、橘樹郡小杉村の割元名主(わりもとなぬし)として、代官の指揮下で近隣の村々の名主を統括していました。


10:15  ⑧旧原家母屋跡  前回は門が閉まっていましたが、今回は開いているので中へ 

川崎市教育委員会 : 旧原家住宅表門  

旧原家住宅表門は、中原区小杉陣屋町の中原街道沿いに所在する一間薬医門です。簡素な構成ながら、大地主の表構えにふさわしい堂々とした規模と総欅造りの贅沢な普請が見どころです。原家は、地元の有力な旧家で、豪農、大地主として地域社会に寄与してきました。明治44(1911)年に上棟した主屋は、平成3(1991)年に日本民家園へ移築保存され、川崎市重要歴史記念物に指定されています。


旧原家母屋跡 の中 


旧原家母屋跡 を出て 左へ 中原街道 


東急東横線・目蒲線 を越え 


丸子橋交差点 直進  

丸子橋交番前交差点 右へ 


丸子橋入口交差点 を渡り 多摩川の土手へ 


多摩川 右岸 海から13km


丸子橋 のほうへ下りていきます


10:39  ⑨丸子の渡しの碑  

中原街道を通る人々にとって、 昭和10年に丸子橋が完成するまでは渡しが川を渡る唯一の交通機関でした。数多くあった多摩川の渡しの一つでした。渡し場の近くに松原 青木根集落がありましたが大正9年の築堤で姿を消しました。


東急東横線・目黒線の鉄橋 


階段を上ります  


丸子橋の上に出て 左折  


丸子橋を振返ったところ 


坂を下ります 


丸子橋交差点まで戻って 左折  綱島街道へ  


ここで かわさきTEKTEK リアルウォーキング の「丸子の渡しの碑」チェック忘れに気づき戻りました


丸子橋 から土手下へ 

チェック完了 


丸子橋交差点  左折  綱島街道へ  ロスタイム11分


新丸子交差点 右折 新丸子商店街へ 


11:05  ⑩新丸子駅    ゴールしました  


「GOAL  コースを制覇しました!」ポイント獲得


新丸子駅から東急東横線に乗り、元住吉駅で降りてコース5に向います


Google マイマップで作成 Geographica のトラックデータ


カシミール3Dの標高グラフ  4.2km→4.1km


中原区1「歴史の道探訪 中原街道コース」  のコースタイム

経由地 距離km 見学km 累計km 総h 所要h 見学h 着t 発t
①武蔵中原駅  0.0km  0:00    9:20
②地蔵尊  0.3km  0.0km  0.3km  0:06  0:06  0:00    9:26    9:26
③泉澤寺  0.5km  0.1km  0.9km  0:20  0:10  0:04    9:36    9:40
④神地橋(耕地橋)  0.0km  0.0km  0.9km  0:22  0:01  0:01    9:41    9:42
⑤小杉御殿跡 石碑  0.5km  0.0km  1.4km  0:34  0:12  0:00    9:54    9:54
⑥西明寺  0.0km  0.3km  1.7km  0:46  0:01  0:11    9:55  10:06
⑦旧名主家長屋門  0.3km  0.0km  2.0km  0:54  0:06  0:02  10:12  10:14
⑧旧原家母屋跡  0.0km  0.0km  2.0km  1:00  0:01  0:05  10:15  10:20
⑨丸子の渡しの碑  0.9km  0.0km  2.9km  1:19  0:19  0:00  10:39  10:39 
⑩新丸子駅  1.3km  4.2km  1:45  0:26  11:05 
コース5へ
2025/5/14(水) 曇  3.8km  0.4km  4.2km  1:45   1:22  0:23


中原区1「歴史の道探訪 中原街道コース」  の感想

このコースは「かわさきTEKTEK リアルウォーキング」で一度来ているため、すんなり歩くことができました。ところが、久しぶりのリアルウォーキングだったので、「丸子の渡しの碑」のチェックポイントのチェック漏れにより戻るという失敗をしています。

前回カギの道というのをあまり気にしてなかったのですが、今回どこのことを指しているのか確認することができました。


以上です。 98

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武蔵新城駅~元住吉駅