墨田区24 歴史と自然を感じながら名所をめぐる江戸散歩コース TOKYO Walking Map 2023.9.14
2023.9.14(木)曇後晴 7.0km→7.7km
ルート:両国駅→旧安田庭園→すみだ北斎美術館→津軽稲荷神社(津軽藩中屋敷跡)→錦糸公園→本所時之鐘(時の鐘跡)→長谷川平蔵の旧邸跡→大横川テラス→長谷川平蔵屋敷跡(遠山金四郎屋敷跡)→弥勒寺→江島杉山神社→回向院→両国駅
このコースは「すみだウォーキングマップ」2019年版に掲載されています。
墨田区8日目で、今日は3コース歩く予定です。
トウキョウ ウォーキング マップ 東京都保健医療局のサイト
墨田区24 歴史と自然を感じながら名所をめぐる江戸散歩コース
大横川親水公園や大横川テラスには、さまざまな草木や、水鳥といった自然がたくさん!『鬼平犯科帳』ゆかりのスポットも見逃せません
最寄駅:両国駅(JR) 両国駅西口(京成バス) 両国駅前(都営バス) 所要時間:約1時間45分 距離:約7km 消費カロリー:約315kcal 歩数:約10000歩
9:05 両国駅 西口 スタートしました
国技館通り
国技館
9:10 旧安田庭園 何回も来ているので今回は入りません 両国国技館北交差点 右折
大東流合気柔術本部 一刀流剣術 道場
ここを右折
右の 江戸東京博物館 は工事中のため、一本左の道へ
本所御蔵跡
徳川家康公銅像 後ろから
江戸東京博物館 休館中
清澄通りを横切り 直進 北斎通りへ
すみだ北斎美術館前交差点 右折
緑町公園 葛飾北斎生誕地
【葛飾北斎生誕の地】アクセス・営業時間・料金情報 - じゃらんnet
北斎は宝暦10年(1760)9月23日,本所割下水(亀沢1~4丁目)に生まれた。(※具体的な場所については資料がないので特定できない)
9:24 すみだ北斎美術館 コース03で中へ入りました
すみだ出身の世界的な芸術家・葛飾北斎の作品やその生涯をたどる展示が見られます。
すみだ北斎美術館 - トップ
世界的な画家として評価の高い葛飾北斎は、宝暦10年(1760年)に本所割下水付近(現在の墨田区亀沢付近)で生まれ、90年の生涯のほとんどを墨田区内で過ごしながら、優れた作品を数多く残しました。墨田区では、この郷土の偉大な芸術家である北斎を区民の誇りとして永く顕彰するとともに、地域の産業や観光へも寄与する地域活性化の拠点として、「すみだ北斎美術館」を開設しました。
野見宿禰神社
すみだスポット - 野見宿禰神社 | 一般社団法人 墨田区観光協会
かつて当社の東側に相撲の高砂部屋があり、明治18年(1885)親方であった高砂浦五郎の尽力で、元津軽家上屋敷跡に相撲の神様として知られる野見宿禰を祀ったのが起こりです。境内に歴代横綱の名前を刻んだ石碑が建ってます。
野見宿禰神社 歴代横綱の石碑
北斎通り
大横川親水公園を越えて直進
長崎橋跡
東京都墨田区の歴史 長崎橋跡(大横川親水公園)
ここにあった長崎橋は、元禄10年(1697)当時の本所奉行鈴木兵九郎、鳥屋久五郎、両名によって、墨田区亀沢4丁目より同錦糸1丁目に架けられました。最初は長さ10間(18.0m)、幅2間半(4.5m)の木橋でしたが、その後何回となく架け替えられ、昭和4年(1929)6月には、鋼橋(トラス)になりました。この橋は、大横川親水河川整備事業によりその役目を終えて撤去しました。
9:41 津軽稲荷神社(津軽藩中屋敷跡)
すみだスポット - 津軽稲荷神社 | 一般社団法人 墨田区観光協会
「本所に過ぎたるものが二つあり、 津軽大名と炭屋塩原」で有名な津軽藩中屋敷の跡です。中屋敷とは郷土の産物を保管したりする大名の私邸のことで、津軽藩は墨田区内にいくつかの中屋敷を持っていました。明治時代に屋敷を撤収した後は陸軍が兵士の食料を保管する糧秣廠を設置し、この稲荷だけが残されました。
すみだトリフォニーホール
タワービュー通り
錦糸町駅 北口
錦糸公園前交差点 直進
9:53 錦糸公園 中に入ります
区民の憩いの公園。園内にはストレッチや体操ができる健康器具があります。
錦糸公園(錦糸四丁目15番1号) 墨田区公式ウェブサイト
関東大震災の復興事業の一環として、1928年(昭和3年)に開園した面積約5.6万平方メートルの広さを有する区内有数の公園で、2009年(平成21年)から2011年(平成23年)に再整備を行いました。
錦糸公園 千種稲荷神社
千種稲荷神社 | 神社と御朱印
江戸時代、横十間川両岸に武家屋敷が軒を連ねていた頃より当地の守護神として祀られていたと伝えられる。
錦糸公園 水と緑と花の広場
錦糸公園 野球場
錦糸公園 王貞治記念碑「僕の野球の原点」
錦糸公園、王貞治さん、”僕の野球の原点”、錦糸公園野球場 | kabukumono(執行雅臣)のブログ
「毎日暗くなるまで白球を追いかけていた少年時代。当時このあたりは、数箇所の球場がある野球のメッカであり、厩四ケープハーツで大人たちに混じってプレーしていた私の野球の原点です。・・・」
錦糸公園 墨田区総合体育館
錦糸公園 ちびっこ広場
錦糸公園を出ます
この信号を渡り直進
清平橋 左折
コースマップではここで大横川親水公園へ入るようになっていますが、降りる階段がありません 仕方なく手前の道へ
大横川親水公園へ 噴水広場
大横川親水公園 総武線
大横川親水公園 江東橋
大横川親水公園 テニスコート
撞木橋 右折して 馬車通りへ
web コースマップではこの先 首都高速手前の「大横川親水公園 南端」を右折するようになっていますが、柵があって直進できません
撞木橋の由来碑
東京都墨田区の歴史 時の鐘跡(撞木橋跡)
ここに架かっていた撞木橋(しゅもくばし)は万治2年(1659)当時の本所奉行徳山五兵衛、山崎四郎左衛門両名によって墨田区江東橋1丁目より、同緑4丁目の大横川に架けられました。最初は長さ10間、幅2間の木橋でしたが、その後、幾度となく架け替えられ、昭和5年(1330)7月には、鋼橋(トラス)になりました。この橋は、大横川親水河川整備事業により、その役目を終えて昭和62年(1987)10月に撤去されました。
10:27 本所時之鐘(時の鐘跡)
大横川の左岸には時の鐘を撞く鐘楼がありました。江戸時代、時を知らせる手段は鐘を撞くこと以外にはありませんでした。そのため、江戸城で打ち出され太鼓の音(のちに日本橋本石町の鐘楼の鐘)を、周辺の鐘楼が鐘の音に換えて打ち出し、順次この鐘の音を引き継いで江戸の隅々へと時を知らせていきました。
紙のコースマップのルート緑四丁目交差点にある「長谷川平蔵の旧邸跡」を探しましたが、見つかりませんでした
帰ってから調べたところ位置が異なり、緑四丁目南交差点を右折した先にありました
コースマップの書き方が雑過ぎて位置が特定できません
Googleストリートビュー 墨田区緑4-12-7 コースマップ作成の2019年当時
長谷川平蔵の旧邸~鬼平犯科帳ゆかりの地~東京都墨田区の史跡 | 九州下町おやじの珍道中
付け火が元の明和9年(1772)の目黒行人坂の大火は、明暦の大火に次ぐものでしたが、その下手人を捕らえたのが、長谷川平蔵宣以(のぶため)の実父・長谷川平蔵宣雄です。この手柄で、同年秋に京都町奉行に出世しましたが、翌年の安永2年(1773)に客死していまい、家督を継いだ平蔵宣以は天明7年(1787)、42歳の時に火付盗賊改方の長官に就任。京都へ家族で移るまで住んでいたのが、入江町の屋敷で、・・・
Googleストリートビュー 墨田区緑4-12-7 最新版 2022年8月
10:34 長谷川平蔵の旧邸跡
鬼平犯科帳ゆかりの高札を整備しました 墨田区公式ウェブサイト
【高札14】長谷川平蔵の旧邸(墨田区緑4-12-7) 「鬼平」こと平蔵が27歳のときまで暮らしていた屋敷のあった場所です。実父の宣雄が目黒行人坂の下手人を捕らえた手柄により京都町奉行に出世し、長谷川家はこの地を去りました。
菊花橋 を渡ります
立川四丁目交差点 左折
工事中の 南辻橋 手前を右折
10:38 大横川テラス
どこが「テラス」かと思いますが、マップのルートにも大横川テラスと書かれています
菊柳橋 前を通過
新大橋通りに出ました 右折ですが左にある菊川橋へ
菊川橋
菊川橋児童遊園 (北側) 夢違之地蔵尊
菊川橋児童遊園 | 子供とお出かけ情報「いこーよ」
第二次世界大戦による空襲や、関東大震災によって菊川橋で犠牲となった人を慰霊する「夢違之地蔵尊」が立っています。
新大橋通り
10:49 長谷川平蔵屋敷跡(遠山金四郎屋敷跡)
すみだスポット - 長谷川平蔵・遠山金四郎住居跡 | 一般社団法人 墨田区観光協会
鬼平こと、長谷川平蔵は明和元年(1764)父の屋敷替えによって築地からこの地に移り住みました。天明6年(1786)、父同様御先手弓頭に昇進して火付盗賊改役につき、8年間の在職中に石川島の人足寄場を創設したり、多くの犯罪者を更生させたことは有名です。屋敷の西端にあたる都営地下鉄新宿線菊川駅の入り口に史跡説明版が、東端にあたる歯科医院前には斬新な記念碑が建っています。当時の敷地面積は1,238坪(4,085)におよんだと言われています。
菊川駅前交差点 直進 三つ目通りを越えます
菊一児童遊園
菊一児童遊園 | 子供とお出かけ情報「いこーよ」
昭和34年(1959年)の開園と、55年以上の歴史があるようです。196.7平方メートルのこじんまりとした公園で、中央に円形のベンチがあり、ベンチの一角には、とんがり帽子をかぶって笛を吹く男の子とおサル※のオブジェが微笑ましい姿で座っています。
※どう考えてもサルには見えません
森下駅前交差点 右折 清澄通りへ
五間堀公園 コースルートにはない寄り道です
【五間堀公園】元々は川だった五間堀跡に造られた森下2丁目の公園 - 深川くらし
五間堀とは、小名木川と竪川を結ぶ六間堀から分かれる入堀であった場所で、五間堀という名称の由来は、当時の川幅が5間(約9メートル)だったところから付けられたそうで、近くにある六間堀とともに江戸時代から重要な水路であったということです。
コースマップの弥勒寺へのルート線が描かれていないため、位置がはっきりしません
11:11 弥勒寺 目の道路が工事中だったため中に入りませんでした
弥勒寺|墨田区立川にある真言宗豊山派寺院、御府内八十八ヶ所霊場
真言宗豊山派の院弥勒寺は、萬徳山聖宝と号します。弥勒寺は、慶長15年(1610)僧宥鑁が小石川鷹匠町に創建、元禄2年(1689)本所に移転したといいます。寺領100石の朱印状を拝領、真言宗関東四ヶ寺の一つとして触頭を勤めた大寺でした。
清澄通りへ戻りました
本所二之橋南交差点 を左折すべきところを一本先の交差点を曲ってしまいました
すぐ気が付いて戻ります
本所二之橋南交差点に戻り 右折
11:29 江島杉山神社 中へ入ります
[本所一ツ目弁才天]江島杉山神社
日本の鍼(はり)治療法の礎を築いた杉山和一(検校)ゆかりの神社。境内には江ノ島弁財天を模した洞窟も。
江島杉山神社 贈正五位杉山検校頌徳碑
江島杉山神社 岩屋
江島杉山神社 鍼灸あん摩博物館(杉山和一記念館)
江島杉山神社 を出て突き当たり 右折 一の橋通りへ
御船蔵跡
一之橋
両国一丁目交差点 右折
11:42 回向院
回向院 | 歴史の中で庶民と共に歩んできたお寺
回向院は、今からおよそ360年前の明暦3年(1657年)に開かれた浄土宗の寺院です。
お相撲さんとすれ違いました
回向院を出て直進します
旧国技館跡
東京都墨田区の歴史 旧国技館跡(回向院)
旧国技館は、天保4年(1833)から回向院で相撲興行が始まったことから、明治42年(1909)に、その境内に建設されました。建設費は28万円(現在の価値では75億円程度)です。ドーム型屋根の洋風建築で、収容人数は1万3千人でした。開館当時は両国元町常設館という名前でしたが、翌年から国技館という呼び方が定着し、大鉄傘と愛称されました。
国技館通りへ
11:49 両国駅 ゴールしました
次のコース18も同じ場所からスタートします
Google マイマップで作成 Geographica のトラックデータ
カシミール3Dのグラフ 7.0km→7.7km
墨田区24 歴史と自然を感じながら名所をめぐる江戸散歩コース のコースタイム
経由地 | 距離km | 累計km | 総h | 所要h | 見学h | 着t | 発t |
---|---|---|---|---|---|---|---|
両国駅 | 0.0km | 0:00 | 9:05 | ||||
旧安田庭園 | 0.3km | 0.3km | 0:05 | 0:05 | 0:00 | 9:10 | 9:10 |
すみだ北斎美術館 | 0.7km | 1.0km | 0:20 | 0:14 | 0:01 | 9:24 | 9:25 |
津軽稲荷神社(津軽藩中屋敷跡) | 0.9km | 1.9km | 0:37 | 0:16 | 0:01 | 9:41 | 9:42 |
錦糸公園 | 0.6km | 2.5km | 0:50 | 0:11 | 0:02 | 9:53 | 9:55 |
本所時之鐘(時の鐘跡) | 1.5km | 4.0km | 1:23 | 0:32 | 0:01 | 10:27 | 10:28 |
長谷川平蔵の旧邸跡 | 0.2km | 4.2km | 1:31 | 0:06 | 0:02 | 10:34 | 10:36 |
大横川テラス | 0.2km | 4.4km | 1:33 | 0:02 | 0:00 | 10:38 | 10:38 |
長谷川平蔵屋敷跡(遠山金四郎屋敷跡) | 0.5km | 4.9km | 1:44 | 0:11 | 0:00 | 10:49 | 10:49 |
弥勒寺 | 1.1km | 6.0km | 1:56 | 0:12 | 0:00 | 11:01 | 11:01 |
江島杉山神社 | 0.8km | 6.8km | 2:28 | 0:28 | 0:04 | 11:29 | 11:33 |
回向院 | 0.5km | 7.3km | 2:39 | 0:09 | 0:02 | 11:42 | 11:44 |
両国駅 | 0.4km | 7.7km | 2:44 | 0:05 | 11:49 | ||
コース18へ | |||||||
2023/09/14(木)曇後晴 | 7.7km | 2:44 | 2:31 | 0:13 |
墨田区24 歴史と自然を感じながら名所をめぐる江戸散歩コース の感想
このコースもコースマップのルート線が雑で、目的地を特定できないところが何ヶ所もありました。1.清平橋から大横川親水公園へ下りるルートがはっきりしない 2.長崎橋跡は直線になっているが、真っすぐは通れない 3.長谷川平蔵の旧邸跡はルート線からはずれているにもかかわらず線が伸びていない 4.大横川テラスは大横川に沿った遊歩道のはずなのに一本西の舗装道路になっている 5.弥勒寺は清澄通りから離れているのにルート線が伸びていない
殆どが一度は訪れているところが多いので早く回れると思っていましたが、目的地を探すのに手間取り大幅に時間がかかってしまいました。
以上です。
墨田区23 ⇦ 墨田区24 ⇨ 墨田区25
錦糸町駅 錦糸町駅



















































































































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