mesetaのブログ

ウォーキングとフラメンコ
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関東ふれあいの道 神奈川県コース6 湘南海岸・砂浜のみち

ブログを始める前に行ったところの振り返りです。


平成28年1月10日(日)晴 11:10~14:32


距離:10.2+(0.6)=10.8km/難易度:1/標準時間:2時間30分+(10分)=2時間40分→実際時間:3時間08分+(14分)=3時間22分/撮影ポイント:湘南海岸公園・ニェアール記念碑
ルート:コース5より→片瀬江ノ島駅~湘南海岸公園~辻堂海浜公園~柳島海岸→(浜見平団地バス停14:32-神奈中バス-14:46茅ヶ崎駅)


神奈川県コース6 湘南海岸・砂浜のみち

江ノ島から茅ヶ崎海岸へ、湘南海岸のハイライトをたどって快適なサイクリングロードを歩くコースです。


コース5をゴールしてすぐコース6に入りました。コースマップに示されている今日の撮影ポイントは聶耳(ニェアール、中国国家の作曲者)記念碑となっています。中国国家の作曲者の記念碑がなぜこんなところにあるのでしょうか?  聶という漢字はこれまで見たことがありませんでした。


11:10  片瀬江ノ島駅:日曜日のせいか大勢の人がいました

コース6スタートです。


11:16  ここは片瀬橋:コース案内図


11:20  新江ノ島水族館


11:30  県立湘南海岸公園


片瀬海岸と鵠沼海岸に隣接して細長く広がる湘南海岸公園は海遊びをサポートする公園です。


この案内板に撮影ポイントのニエ・アル記念広場が書かれていることに気がつきませんでした。


11:40  江ノ島から2.3km


この後公園内に入りニェアール記念碑を探します。噴水まで行ってから西の方へ進み、一番端っこにそれらしい場所を見つけました。


11:51  聶耳(ニエアル)記念広場


なぜ中国国家作曲者の記念碑がここにあるのか分りました。


11:54  撮影ポイント:湘南海岸公園・ニェアール記念碑


12:01  聶耳記念碑の由来


1935年7月17日、この地に来遊され、この海に不帰の客となった聶耳(ニエ・アル)氏の、その夢みるような在りし日の姿が、ここに甦えりました。・・・中国国歌「義勇軍行進曲」の作曲をはじめ現代中国音楽の先駆者として大きな足跡を遺しました。
コースマップではニェアールですが、現地での案内板ではニエ・アルとなっていました。


12:37  ここは辻堂海岸:江ノ島から4.0km


12:55  サーフボードを運ぶための器具がついた自転車:やたらに見かけます


13:07  ここは浜須賀:江ノ島から6.1km


13:14  茅ヶ崎海岸から江の島を振返ったところです


13:26  茅ヶ崎 えぼし岩


湘南を歌ったお馴染みの歌の中に再三登場する、茅ヶ崎のシンボル「えぼし岩」の正式名称は「姥島(うばじま)」といいます。 えぼし岩の誕生は、1,200万年前といわれており、周辺の地層は茅ヶ崎最古のもので、砂岩層と火山層が縞をなしていて、海底に堆積した地層が隆起したものといわれています。


13:32  富士山の周りは雲がいっぱいです


13:40  ここは東海岸


13:53  茅ヶ崎海岸の海浜植生:ハマゴウ、ハマエンドウ、ハマニガナ、ハマボウフウ、ハマヒルガオ、コウボウムギ


14:20  コース6終点柳島海岸から上がってきたところ:浜見平団地バス停まで0.6km


14:32  浜見平団地バス停到着:ゴールしました
           14:32発のバスが出る寸前で、走って飛び乗ったため写真がありません


14:47  茅ヶ崎駅14:46着


14:47  茅ヶ崎駅北口広場2回ペデストリアンデッキ施設案内図

茅ヶ崎駅発のバス時刻表


茅ヶ崎駅14:58発のJR相模線に乗り厚木に15:24着、小田急線に乗換えました


コース6の感想
平成28年1月10日(日)晴 11:10~14:32
距離:10.2+(0.6)=10.8km/難易度:1/標準時間:2時間30分+(10分)=2時間40分→実際時間:3時間08分+(14分)=3時間22分


ニエアール記念碑を探して湘南海岸公園の中を行ったり来たりしてしまいました。途中にあった公園案内図ではどこに碑があるのか分らず、細長い公園の端まで行ってみました。するとニエアルの胸像と書かれた説明文がありました。辺りを見回したところ、分厚いビニールで覆われたそれらしい物を発見しました。しかし、なぜカバーしてあるのか理由は分りません。記念碑はその真反対にありました。後から公園案内図の写真を見直すと一番右端に聶耳(ニエアル)記念公園と書かれていましたが、小さい字で気がつかなかったのです。さらにコースマップを見直してみると、湘南海岸公園の西端、鵠沼橋の手前にありますときちんと書かれていました。よく読み込まないとこういうミスをしてしまいます。
このコースの指導標識は痛みが激しく、特に茅ヶ崎海岸のははがれて判読不能でした。


コースタイム詳細

都県 NO みち 地点名 標高m 区間km 累計km 正味h 休憩h 着t 発t 備考
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の コース5より
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の 片瀬江ノ島駅     5.0     0.0  11:10
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の 新江ノ島水族館     4.0     0.4     0.4  0:08  0:00 11:18  11:18
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の ニエアール記念碑P     5.0     1.5     1.9  0:32  0:17 11:50  12:07 記念碑
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の 辻堂海浜公園     6.0     1.6     3.5  0:28  0:00 12:35  12:35
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の 茅ヶ崎漁港   11.0     5.2     8.7  1:17  0:00 13:52  13:52
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の 柳島海岸     5.1     1.5   10.2  0:26  0:00 14:18  14:18
神奈川 6 湘南海岸・砂浜の <浜見平団地バス停>     4.0     0.6   10.8  0:14 14:32
集計 6 湘南海岸・砂浜の H28.01.10日 10.2km 10.8km  3:05  0:17  3:22 ←総h


以上です。

関東ふれあいの道 栃木県コース13 麦笛のみち

2018年10月18日(木) 晴  11:50~13:45


距離:6.7km/難易度:1/標準時間:2時間00分→実際時間1時間55分/撮影ポイント:大宮神社の解説標識
ルート:(逆)野州大塚駅~勝光寺~大宮神社~今泉神社~新栃木駅


栃木県コース13 麦笛のみち

新栃木駅を出発し市街地をぬけると、広々とした田園風景が現れ、前方に今泉神社が見えてきます。田園風景を眺めながら進むとヒノキの木立に囲まれた大宮神社に到着します。遠くに日光の山並みを眺めながらさらに進むと野州大塚駅に到着します。


野州大塚駅に着きコース14をゴールしましたが、駅周辺にはあてにしたコンビニや飲食店はなく、駅舎の中の様子を確認してすぐ外に出ました。


11:50  コース案内板

スタートしました。ここから0.8kmはコース14と同じ道を戻ります


12:00  コース14の接点に来ました:直進です


12:09  栃木市指定史跡 しわぶきの杜 昭和62年指定

森の中に小祠があり、地主の大関家では大日様を祀っている。もとは愛宕神社が南に隣接してあり、これもしはぶきの杜の神として、その地の人々に祀られていた。この森の中に入ると、どこからともなく森の神の「しはぶき」(咳)が聞こえてきたのでこの名を生じたという。平安時代以来の歌枕として有名である。


12:13  野州大塚駅から1.5km:片方の標識が欠落しています


12:26  勝光寺


筑波山護持院に属した名刹。【創建年代】1185~1190


12:32  ここを左折します


12:37  大宮神社まで0.3km


12:40  大宮神社参道


12:43  大宮神社

創立は不明ですが、代々小山氏から社領五石を寄進されていました。秋の大祭(11月23日)には、獅子舞が行われます。

昔の社殿は南向きで、調馬路が現在の仲仕上町に続いていたが、小山氏が社の南に支城を築いたので、東向きに改築された。その後、支城が無くなったので、再び南向きに戻し現在に至っている。


12:45  撮影ポイント:大宮神社の解説標識


12:48  今泉神社まで1.7km


12:57  ガソリンスタンドの先から出てきて標識を見失いました。行き過ぎて戻るところです。よーく見ると写真の中央ENEOSの看板の下に標識が見えます


12:59  これがその標識です


13:01  今泉神社まで1.1km


13:10  今泉神社まで0.5km


13:18  今泉神社

元禄年間創立で、天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)を祀ってあり、昔は妙見宮と称していました。


13:24  広い道を左折します


13:27  新栃木駅まで1.2km:道路を渡り斜め右に進みます


13:32  新栃木駅まで0.9km:踏切の手前を右折します


13:39  東武線の踏切を渡ります:新栃木駅が見えます


13:41  ここを右折します


13:41  新栃木駅まで0.3km


13:45  新栃木駅に着きました

駅前にあるコース案内板

コース13のゴールです


蔵の街観光案内図:新栃木駅から栃木駅までは蔵の街


新栃木14:07発の東武日光線に乗り南栗橋経由で帰りました。


コース13の感想
2018年10月18日(木) 晴 11:50~13:45
距離:6.7km/難易度:1/標準時間:2時間00分→実際時間1時間55分


短い距離だったせいか、栃木県4コース目で初めて標準時間を下回りました。寄る場所が
大宮神社と今泉神社の2ヶ所しかないため、見学時間も少なくて済みました。
2日間でコース距離54.3kmですが史跡などを見て回ったり、駅周辺を歩いたりしたので、歩数計では60kmを超える距離となっています。
これまでの4コースを回った栃木県の印象としては、まず指導標識がしっかりしていて歩き易いということです。この後回るコースもそうであってほしいと願うばかりです。起点・終点どちらかに電車の駅があるところばかりだったので、何とかうまく回れました。しかし、栃木県全体の2/3は交通の便が悪いため、事前の下調べを今まで以上に念入りにしていく必要があると感じています。


コースタイム詳細

都県 NO みち 地点名 標高m 区間km 累計km 正味h 休憩h 着t 発t 備考
栃木 13 麦笛のみち コース14より
栃木 13 麦笛のみち 野州大塚駅   57.0      0.0  11:50
栃木 13 麦笛のみち 大宮神社   49.2      3.3      3.3  0:53  0:04  12:43   12:47 解説 
栃木 13 麦笛のみち 今泉神社   46.7      1.7      5.0  0:31  0:01  13:18  13:19
栃木 13 麦笛のみち 新栃木駅   48.8      1.7      6.7  0:26  13:45
集計 13 麦笛のみち 2018/10/18(木) 6.7km  6.7km      逆  1:50  0:05   1:55 ←総h


以上です。

関東ふれあいの道 栃木県コース14 風土記のみち

2018年10月18日(木) 晴  5:51~11:45


距離:17.5km/難易度:2/標準時間:5時間00分→実際時間5時間54分/撮影ポイント:摩利支天塚古墳 摩利支天社
ルート:(逆)小金井駅~摩利支天塚古墳~琵琶塚古墳~紫式部の墓~下野国分尼寺跡~下野国分寺跡~蓮華寺~下野国庁跡~大神神社~野州大塚駅


関東ふれあいの道 栃木県コース14 風土記のみち

野州大塚駅を出発するとまもなく「室の八島」で有名な大神(おおみわ)神社に着きます。さらに田園風景の中を南に歩いていくと下野国庁跡に着きます。ここから北に戻り県道を東に進み思川を渡ると蓮華寺です。雑木林の小道を歩き、県道を渡って更に行くと下野国分寺跡です。近くには下野国分尼寺跡もあり、しもつけ風土記の丘資料館には出土品が展示されています。琵琶塚古墳、摩利支天塚(まりしてんづか)古墳を見て、東に進み、姿川サイクリングロードを経由して更に東に進むと小金井駅に到着します。


昨日は小山駅前のホテルに宿泊しました。当初は6:25発の宇都宮線に乗るつもりでした。しかし、コース16,15とも大幅に時間超過したので、もっと早い電車に乗るため4:30に起床しました。


5:23  小山駅前のホテル出発


5:23  小山駅西口:まだ真っ暗です


宇都宮線5:42発の始発電車に乗り、5:49小金井駅に着きました


5:51  小金井駅のコース案内板

スタートしました。小金井駅から御使者橋までの4.8kmは昨日日没で暗くなったコース15と全く同じ道を歩きます。


6:00  摩利支天塚古墳まで4.3km


6:02  小金井一里塚:コースルートではないのですが、寄ってみました

小金井一里塚は、日光街道(現在の国道 4号線)沿いにつくられたもので、江戸日本橋から 22里(約 88㎞)の地点にあります。2つの塚がほぼ完存していることなどから、日光道中で唯一国指定史跡に指定されています。


6:06  この日、日の出は5:50でした


6:18  案内標識


6:34  昨日姿川サイクリングロードが通行止めで迂回した場所に来ました

左に見える指導標識側には歩道がなく、何が書いてあるのかを見るためにはいちいち道路を渡らなければなりません。設置場所としてふさわしくないと思います。


6:34  摩利支天塚古墳まで2.8km:渡ってみても文字がかすれてよく見えませんでした


6:37  御使者橋


6:38  姿川サイクリングロード:コース15御使者橋側の通行止め


6:42  姿川:紫橋が見えます


6:54  紫橋:橋は渡らずにここを右折します


6:57  摩利支天塚古墳まで1.4km:この墓地を右折します


7:11  摩利支天塚・琵琶塚 古墳資料館:2018年4月21日に開館したばかりです


7:11  琵琶塚古墳:左の小山が「前方」右が「後円」です、後で近くまで行きます


7:12  桑西部 歴史・文化・自然 散策コース


7:17  摩利支天塚古墳まで0.2km:この標識では 摩利支天塚古墳へ直進するようになっています、直進したところ次の標識が出てきません

実際は塀の先を左に曲るのですが、そこには標識がなく大回りをしてしまいました。


7:23  摩利支天尊


7:23  しもつけ風土記の丘案内図


7:24  史跡 摩利支天塚古墳

全長 100m以上の前方後円墳で、県内最大、最古を誇ります。円筒埴輪などの出土品から 5世紀末から 6世紀初頭の築造と考えられています。近くにある琵琶塚古墳とともに国指定史跡となっています。
とちぎの文化財【摩利支天塚古墳】
摩利支天塚古墳は、全長が117mあり、県内で3番目の規模(1位は吾妻古墳、2位は琵琶塚古墳)をもつ古墳として知られています。古墳の形は前方後円墳をしており、まわりには、幅20mほどの堀がめぐらされ、一部は2重になっています。また、墳丘は2段築成で、前方部の中央が尖る剣菱形の古墳とされています。 この古墳がつくられた時期については、古墳の形状や出土した埴輪などから5世紀の末(今から約1500年前)と考えられています。


7:24  長い階段を上ります


7:26  まだ階段が続きます


7:29  撮影ポイント:摩利支天塚古墳 摩利支天社:「後円」の山頂にあります


7:41  林の奥が摩利支天塚古墳です


7:41  琵琶塚古墳まで0.2km


7:44  かんぴょうを作る夕顔の実:不良品なのでしょうか、大量に捨てられていました


栃木県は国産かんぴょうの9割以上を生産する日本一の産地です。7月から8月は生産の最盛期に当たり、かんぴょう農家では連日、夜が明ける前からユウガオの実を細長くむいて竿に干し、真夏の太陽で一気に干し上げる作業が行われています。


7:45  琵琶塚古墳:見えるのは「前方」の部分です

とちぎの文化財【琵琶塚古墳】
琵琶塚古墳は、全長が123mあり栃木県内で最大級の規模(2番目)の古墳として知られています。古墳の形は前方後円墳をしており、前方部の幅は70m高さは9m、後円部の幅は75m高さは17mあります。墳丘は前方部が2段、後円部が3段築成です。



8:04  琵琶塚古墳から1.1km:紫式部の墓方面へ左折します


8:09  道路にいた猫が近づいてきました:紫式部の墓をみた後またここを通ります

しばらく見ていましたが、2匹の子猫はよちよち歩きながらこちらにやってきました。色は違うけど親子なんでしょうか。


8:10  紫式部の墓:本物?


天平の丘公園内にある、紫式部の墓との伝承をもつ凝灰岩製の大型の五輪塔です。鎌倉時代後期以降のものと考えられますが、詳しい造立年代は不明です。なお、紫式部の墓といわれるのは、所在地が紫地区であるためと考えられます。ちなみに、この紫地区はもともと村崎と表記されていたものが変化したものです。地元の言い伝えによると、姿川の近くにあったものを現在地に移したものということです。


8:12  天平の丘公園


公園の真ん中を左から右へ突き抜けます。


8:14  先ほどの猫がまだいました:今年5月まで預かっていた猫とそっくりです


8:14  下野国分尼寺跡まで0.8km


8:21  天平の丘公園、防人街道


8:26  下野国分尼寺跡まで0.2km


8:28  防人街道について

防人(さきもり)とは、古代、唐・新羅などの備えとして、九州北辺に配備された兵士のことで、下野国など東国から多くの兵士が、その任についていました。万葉集の中に、下野の防人が詠んだ「松の木の竝みたる見れば家人のわれを見送ると立たりしもころ」の情景に似ているところから、名づけられました。


8:28  天平の丘公園:桜広場


8:32  下野国分尼寺跡

下野国分尼寺跡:下野国分寺と同年代に建立され、伽藍地の規模は東西 145m、南北167mと推定されています。


淡墨(うすずみ)桜

淡(薄)墨桜は、ピンクのつぼみから淡白色の花が咲き、満開を過ぎると淡(薄)をかけたような色に変わることから名付けられました。この桜は、岐阜県根尾村にある国の天然記念物に指定されている淡(薄)桜の実生苗を植えたものです。

一番のビューポイント 桜のトンネルまた尼寺跡の淡墨桜(開花は3月中旬~3月下旬)


8:33  下野市国分寺聖武館:スポーツ施設のようです

アリーナ:バレーボール1面・バスケットボール1面・バドミントン4面


8:35  しもつけ風土記の丘資料館:9:00開館でまだ開いていません


しもつけ風土記の丘資料館は、平成27年4月1日に栃木県から下野市に移管され、下野市立しもつけ風土記の丘資料館としてオープンしました。隣接する国指定史跡下野国分寺跡・尼寺跡、栃木県指定史跡丸塚古墳や愛宕塚古墳などの史跡を「訪ね」、そこから出土した資料をより詳しく「見て・学ぶ」ための施設として生まれ変わりましたので、是非ご活用ください。


9:36  下野国分寺跡まで0.9km


8:39  立派な案内標識が何ヶ所もありました


8:41  下野国分寺跡まで0.4km


8:47  下野国分寺跡まで往復0.2km


8:50  下野国分寺跡

奈良時代天平 13年聖武天皇によって全国に国分寺が建立されましたが、律令体制の衰退とともに廃寺になったと考えられています。創建当時の伽藍地の規模は東西 216m、南北 252mであったと推定されています。


8:51  回廊解説


8:52  回廊跡


8:53  講堂解説


講堂跡


8:58  蓮華寺まで0.8km


9:01  ここは下野市


9:09  蓮華寺まで0.3km


9:15  蓮華寺

親鸞聖人の大蛇退治伝説が残る浄土真宗の古寺です。大蛇の生け贄にされる娘を上人が救った際、天から蓮華の花が降ってきたといわれており、救われた娘が草庵を建立したのが蓮花寺の始まりと言われています。


9:19  栃木市に入ります

栃木県庁から送られてきたコースマップではこの先で迂回することになっています。
No.14風土記のみち 路線変更のお知らせ
主要地方道栃木二宮線(大光寺橋)の供用開始に伴い、平成28年3月12日以降旧大光寺橋が通行止めとなるため、別の道路への迂回をお願いします。


9:22  大光寺橋:今年3月に開通したばかりのようです


9:25  旧大光寺橋(左のコンクリートと緑色部分)は途中で切断されていました


9:33  大光寺橋を渡り終えてから鋭角に左折します


9:45  下野国庁跡まで1.0km


9:57  珍しく標識はありませんが、ここは左折です


9:58  下野国庁跡まで0.3km


10:02  下野国庁跡につきました

律令制下における地方統制の中核として、8世紀前半に建てられたと考えられています。昭和 54年の発掘調査により、宮延神社周辺が国庁跡であったことが判明しました。現在では前殿のみが復元されており、北側にある「下野国庁跡資料館」で詳しい情報を得ることが出来ます。

国庁は、大宝元年(701年)に確立した律令国家体制の地方行政庁です。この国庁の所在地を国府と言います。 平成6年には、前殿が当時の姿に復元され、平成8年には敷地内に下野国庁跡記念館が開館し、出土品が無料公開されており、当時の国庁での政務や官人の生活の一端を知ることが出来ます。


10:03  下野国庁 前殿跡

下野国庁 前殿跡平面図


10:05  宮延神社:左奥に下野国庁前殿跡の復元が見えています


10:08  大神神社まで3.2km


10:14  真っ直ぐ2kmほど進みます


10:17  道のど真ん中に工場があり、迂回しなければなりません


10:21  大神神社まで2.4km:工場の真裏です


10:34  大神神社まで1.8km


10:54  大神神社まで0.6km


10:59  大神神社まで0.4km:県道2号線を直進します


11:00  大神神社参道


11:06  大神神社案内図


11:07  芭蕉と室の八嶋

松尾芭蕉は元禄2年(1689)「奥の細道」への旅に出発した。途中、間々田、小山を経て飯塚から左に折れて川を渡り室の八嶋に立ち寄っている。その時詠んだというのが「糸遊に 結ひつきたる けぶりかな」の句である。むかし、このあたりからは不思議なけむりが立ちのぼっていたといわれ、「室の八嶋に立つけぶり」は京の歌人たちにしばしば歌われている。


11:08  奥の細道「室の八嶋」の条、本文


11:08  下野総惣社(室の八嶋)

この地は、けぶりたつ「室の八島」と呼ばれ、平安時代以来東国の歌枕として都まで聞こえた名所でした。


11:09  大神(おおみわ)神社

今から 1,800年前に建立され大和国三輪山の大三輪神社の分霊が祀られています。別名「八島大明神」といわれ、境内に 8つの島があり八神が祀られており、「室の八島」と呼ばれ、「糸遊に結びつきたるけぶりかな」の松尾芭蕉の句碑があります。


11:10  まさに不思議なけむりが立ちのぼり木漏れ日に照らされています

神楽殿の前でたき火をしていた煙りでした


11:11  大神神社解説板


11:12  境内案内板


11:16  野州大塚駅まで1.8km:西参道を出た所です


11:26  野州大塚駅まで1.2km


11:30  野州大塚駅まで1.0km


11:34  野州大塚駅まで0.8km:この地点はコース14と15の接点にあたります

ここから野州大塚駅まではコース14と15共通です


11:45  野州大塚駅に着きました

コース14ゴールしました。


野州大塚駅は東武日光線です


野州大塚駅の横にコース案内板がありました

駅前で昼食にしたいと思いましたが、お店もコンビニも一切ありません。あきらめてコース13へ入ります。


コース14の感想
栃木県3コース目も5時間の標準時間を大幅に超過し、5時間54分かかってしまいました。休憩・見学・撮影を除いても21分超過しています。指導標識がなく大回りをしたところもありますが、それほど大きなロスではありませんでした。それでも大きくズレ込んだのは見所が多いことも影響しているのではないでしょうか。
このコースは神社・仏閣だけでなく、古墳やら国庁跡など史跡が多く資料館なども各所にありました。これらの史跡を維持していくのは大変なことだと思います。時間があればじっくり見てみたい気がします。
栃木県で2番目に長い距離ですが朝6時前に出発したので、何とか午前中に歩き終えることができました。


コースタイム詳細

都県 NO みち 地点名 標高m 区間km 累計km 正味h 休憩h 着t 発t 備考
栃木 14 風土記のみち 小金井駅    52.3      0.0    5:51 
栃木 14 風土記のみち 摩利支天社P    41.3      4.8      4.8  1:36  0:10    7:27      7:37 社殿
栃木 14 風土記のみち 琵琶塚古墳    43.0      0.4      5.2  0:08  0:01    7:45    7:46
栃木 14 風土記のみち 紫式部の墓    47.8      1.4      6.6  0:24  0:01    8:10    8:11
栃木 14 風土記のみち 下野国分尼寺跡    47.8      0.9      7.5  0:19  0:05    8:30    8:35
栃木 14 風土記のみち 下野国分寺跡    50.6      1.0      8.5  0:15  0:05    8:50    8:55
栃木 14 風土記のみち 蓮華寺    49.7      1.1      9.6  0:20  0:01    9:15    9:16
栃木 14 風土記のみち 下野国庁跡    44.3      2.6    12.2  0:46  0:04  10:02  10:06
栃木 14 風土記のみち 大神神社    53.7      3.3    15.5  1:00  0:06  11:06  11:12
栃木 14 風土記のみち 野州大塚駅    57.0      2.0    17.5  0:33  11:45
栃木 14 風土記のみち コース13へ
集計 14 風土記のみち 2018/10/18(木) 17.5km 17.5km      逆  5:21  0:33   5:54 ←総h


以上です。