mesetaのブログ

ウォーキングとフラメンコ
Walking,Flamenco&Guitar
Caminante,Flamenco y Guitarra

2024.2.3 菅薬師堂 節分会 & 2024.2.4 五反田神社 節分祭

地元の節分会に行ってきました。両方とも4年ぶりの開催だそうです。どちらも初めての参加でした。


菅薬師 節分会 
2004年2月3日(土)午後3時から  晴
菅薬師堂には昨年9月10日に「菅の獅子舞」を見に来ています。
川崎市 菅の獅子舞 2023.9.9 子之神社揃い獅子 9.10 薬師堂 本獅子 - mesetaのブログ


菅薬師節分会のポスター


坂の途中を右折します


14:46  菅薬師堂に着きました


階段を上っていきます


途中右側にある土俵は「幼児から小学三年生まで」の会場です

既に多くの子供たちが待機しています


本堂前は係の人が忙しそうにしていました

菅北浦1 菅薬師堂【32】 - 菅町会公式サイト
北浦という地名の由来は多摩丘陵の北側にあたるとか、北を向いた浦だったからと言われます。浦というのは川や海の浦以外に平地の湾曲して入り込んだところという意味もあります。現在の菅北浦は以前の北浦耕地、馬場耕地、北浦谷(きたうらやと)、小谷(こやと)からなります。
「薬師堂」は、この地域の領主であった稲毛三郎重成が建久6年(1195)に建立しました。重成は鎌倉時代初めの武将で、源頼朝の平家との戦さで数々の武功がありました。頼朝からの信頼はあつく、頼朝の妻・政子の妹君の綾子を重成は妻にもらいます。将軍・頼朝と義兄弟になった重成はいよいよ主君につくしますが、建久6年(1195)に妻は亡くなりました。悲嘆にくれた重成は出家して、菅に極楽寺という寺を建てて妻を手厚く葬りました。この寺の一部が「薬師堂」といわれます。その後、極楽寺は戦乱で焼失しますが天文2年(1533)に極楽寺と法泉寺が合併されました。今は法泉寺が管理しています。


本堂右側の会場には多くの人でごった返しています

会場は「コ」の字型で三方から豆・菓子やご縁(五円)玉がまかれます


14:58  地元選出の国会議員・県会議員・市会議員らが登壇


15:00  開始時間になり司会者から「段ボール・紙袋は頭から上には持ち上げないように」などの注意事項などが告げられました
神社関係者の挨拶、豆をまく人の紹介などが続きます


獅子舞の時のようにほら貝の合図で豆まきが始まりました

大きな紙袋を持っている人が多くいました

15;04  手持ちの豆・菓子がなくなり、早くも休憩です


数分後同じメンバーで2回目が行われました


ビニール袋や菓子箱が飛んできますが、最初はなかなかつかめませんでした
要領が分ってきて、すこしづつキャッチできるようになりました
後から手が伸びてきて顔に当たったりなどしているうち夢中になって、写真を撮っているどころではなくなりました


15:11  豆まきが終って階段へ向う人たち


わずか10分ちょっとで獲得した「豆・菓子・ご縁(五円)玉」

五反田神社 節分祭 甘酒まつり
2004年2月3日(日)午後1時から 曇
今朝はみぞれから雨に変り10時過ぎまで降っていました
開催するのかどうか分からないまま出かけました


五反田神社節分祭のポスター


小田急線生田駅近く 線路の向うの崖上に五反田神社が見えてきました


12:41  五反田神社参道 

ここで上の方から「午後1時から豆まきを行います」のアナウンスが聞こえてきました
予定通りなので、早速階段を上ります


武蔵御嶽神社  階段の途中にあります


境内は思ったより人が少ない感じです


お詣りを済ませ、

五反田神社。川崎市多摩区三田の神社
五反田神社は、川崎市多摩区三田にある神社です。五反田神社の創建年代等は不詳ながら、鎌倉時代の創建と言い伝えられ、山王社と号して上菅生・下菅生・五段田村の総鎮守だったといいます。江戸期に村内での争いにより、当社は上菅生のみの鎮守となったといいます。明治元年祭神を素盞鳴尊に改め八雲神社と改号、小田急線開通に伴い昭和元年当地に遷座、昭和34年杉山社を合祀して五反田神社と改号したといいます。


いつも(正月に毎年来ています)の甘酒をいただきます

12:46  こちらが拝殿左の豆まき会場です


後にいた係の人から「今日は雨がふったから、人が少ないなー」という声がしました


12:49  司会者が出てきて「早めだけど始めます」と言っています

3回に分けて豆をまくとのことです


神社関係者の挨拶が始まりました


1回目  全員が年男・年女で自己紹介後豆まきが始まりました


2回目  神社関係者と信用金庫のみなさん


3回目  地元選出の国会議員・県会議員・市会議員たち7名


13:07  豆まき終了


時間が短かったせいかキャッチで来たのは2つだけでした


終了後子供たちにはお菓子とスケッチブック(信用金庫提供)が配られました


甘酒にも長い列ができています


焚火にあたりながら甘酒を飲む人たち


五反田神社を出たところ


長い階段を下って帰路につきます


これからも地元の行事に出来るだけ参加したいと思いました。


以上です。