台東区06 Fコース(金杉地区健康推進委員おすすめ)TOKYO Walking Map 2023.6.20
2023.6.20(火)晴 2.8km→3.1km
ルート:寿永寺→一葉記念館→飛不動尊→朝日辨財天→法昌寺→小野照崎神社→英信寺→元三島神社→入谷鬼子母神
コース05を歩き終え日暮里駅より山手線に乗り、上野で日比谷線に乗換え三ノ輪駅へ着きました。
三ノ輪駅 エレベーター専用口
ここからスタート地点までは歩いて2分ほどです
トウキョウ ウォーキング マップ 東京都福祉保健局のサイト
台東区06 Fコース(金杉地区健康推進委員おすすめ)
金杉地区健康推進委員より一言 ウォーキングコースの見どころ
寿永寺の布袋尊、飛不動尊の恵比寿神など、下谷七福神を巡るコースです。
最寄駅:三ノ輪駅(東京メトロ) 三ノ輪駅前(都営バス) 所要時間:約42分 距離:約2.8km 消費カロリー:約126kc
14:38 寿永寺 下谷七福神 布袋尊 スタートしました 浄土宗 正覚山
門が閉まっていたため、中へ入りませんでした
寿永寺 | 東京とりっぷ
浄土宗の寺、寿永寺。江戸時代初期の寛永7年(1630年)、2代将軍・徳川秀忠の正室・お江(おごう)に仕えた尼僧・得生院寿永法尼が、徳川秀忠の菩提を葬うために創建。下谷七福神の布袋尊を祀っています。
下谷七福神|東京都台東区 | 東京とりっぷ
昭和52年正月から7社寺揃っての御開帳が始まったもので、朱印がいただけるのは1月1日〜1月15日のみとなっています。
東泉小学校 寿永寺の真ん前にあります
南へ進みます
14:45 一葉記念館 に着きました
台東区立一葉記念館|我が国初の女性作家の単独文学館
明治5年3月25日(太陽暦5月2日)に生まれ、明治29年に24年という短い生涯を終えました。名作「たけくらべ」の舞台となった龍泉寺町(現・竜泉)の人々は、昭和24年(1949)には戦災で失った「一葉記念碑」を再建し、続いて昭和26年(1951)には一葉記念公園に「一葉女史たけくらべ記念碑」を建設、さらに昭和35年(1960)には一葉の旧居跡に「樋口一葉旧居跡碑」を建立しました。9:00~16:30 大人300円
一葉記念公園 一葉記念館の前にあります
飛不動前交差点 直進
14:50 飛不動尊 正宝院
飛不動尊正宝院 | 東京とりっぷ
「飛行護」(ひこうまもり)などのユニークなお守り、航空安全・飛行安泰・旅行安泰祈願でも知られる天台宗の寺が飛不動尊正宝院。室町時代の享禄3年(1530年)、本山派(聖護院を本寺に熊野三山を拠点にした天台宗系の修験道)の正山上人が創建。小惑星探査機「はやぶさ」の成功祈願も行なわれています。
航空安全・飛行安全のお守りがあります
参道にも羅漢像がありました
飛不動前交差点 へ戻り左折 茶屋町通りへ
竜泉交差点 国際通りを越え直進
昭和通り手前を左折
15:04 朝日辨財天
弁天院 | 東京とりっぷ
曹洞宗の禅寺、弁天院。弁天院は院号で、山号は朝日山。つまりは朝日山弁天院が正式名です。常陸下館藩主・水谷勝隆(みずのや かつたか)が寛永寺・不忍池辯天堂を創建する際、自身の江戸下屋敷にも竹生島(ちくぶしま/近江国・琵琶湖)の宝厳寺から辯才天を勧請したのが始まり。
台東区立弁天院公園 出て右折
左折して 昭和通り へ
ここを右折 金美観通りへ
小野照崎神社前交差点 この先右に小野照崎神社、左に法昌寺
15:16 小野照崎神社
小野照崎神社
東京の下町 入谷にある学問・芸能・仕事の神様をお祀りする神社です。御祭神は、平安時代有数のマルチアーティストである 小野篁(たかむら)公。文鳥を愛する絵画の神様で、百人一首にも登場したり朝は朝廷に夜は冥界に出勤される多動な神様です。852年⛩創建 、境内には重要文化財の富士塚も🗻
毎年6月30日と7月1日は、当社境内に鎮座する浅間神社の例祭日です。天明年間(1782年)に築山された富士塚「下谷坂本富士」も門を開き、この2日間だけ登拝が許されます。重要有形民俗文化財に指定されているこの富士塚は、一合目から十合目まで、360度全てが富士の溶岩石でつくられた幅15メートル高さ約6メートルに及ぶ、霊峰・富士の分身ともいえるお山です。
庚申塚
小野照崎神社 浅間神社
富士塚「下谷坂本富士」
小野照崎神社前交差点に戻り、信号を渡って法昌寺へ
15:22 法昌寺 毘沙門天
法昌寺 | 東京とりっぷ
台東区下谷にある法華宗本門流(日蓮を宗祖とし、日隆を派祖とする)の寺が日照山法昌寺。『下谷七福神』の毘沙門天(びしゃもんてん)を祀っています。『新編武蔵風土記稿』によれば江戸時代初期の慶安元年(1648年)、下谷御切手町付近に創建した駿河国岡之宮(現・静岡県沼津市岡宮)の光長寺の末寺。「たこ地蔵」たこ八郎(本名:太古八郎)の菩提寺です。右耳が喧嘩でかじり取られた本人同様に欠けている点にも注目を。
法昌寺 たこ地蔵 「めいわくかけて ありがとう。たこ八郎」 後ろにボクシング・グローブ
左折して 入谷口通りへ
15:27 英信寺 三面大黒天
英信寺 | 東京とりっぷ
台東区下谷にある浄土宗の寺、英信寺。慶長年間(1596年〜1615)の開山で、下谷七福神のひとつ三面大黒天が祀られています。三面大黒天は大黒天を正面に、左に毘沙門天で、右に弁財天が刻まれた三面大黒天は空海の作とも。安永年間(1772年〜1781年)築という本堂は、昭和48年に大改修されています。
根岸一丁目交差点 左折 言問通りへ
元三島神社入口交差点 左折
15:38 元三島神社 寿老人
元三島神社 | 東京とりっぷ
台東区根岸、JR鶯谷駅前に鎮座するのが元三島神社。由来書によれば弘安の役(1281年=九州に元・朝鮮連合軍が攻め寄せた二度目の元寇)の際に伊予水軍の武将・河野通有(こうのみちあり)が、瀬戸内海の大三島に浮かぶ大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の分霊を勧請して創建(創建時は三島神社)と伝わる古社です。
言問通りを戻ります
入谷鬼子母神が見えてきました
15:51 入谷鬼子母神 福禄寿 ゴールしました 5月31日文京区09以来2度目です
入谷鬼子母神(真源寺) | 東京とりっぷ
「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん)。びっくり下谷の広徳寺。そうで有馬の水天宮」というのは江戸っ子の洒落。入谷は山手線鶯谷界隈の地名。恐れ入るということを洒落て、入谷の真源寺に祀られる鬼子母神を掛けたものです。境内と門前で7月に開かれる『朝顔市』は、東京の夏の風物詩。「下谷七福神」の福禄寿を祀っています。
真源寺 正岡子規文学碑
東京都台東区の文学碑 - ざったび
漱石来る 蕣や 君いかめしき 文學士 そうせきくる あさがおや きみいかめしき ぶんがくし
入谷から 出る朝顔の 車哉 いりやから でるあさがおの くるまかな
真源寺 下谷七福神 福禄寿
入谷交差点 右に 入谷朝顔発祥之地・下町文化発祥の地 碑 が見えます
入谷駅から日比谷線で帰りました
Google マイマップで作成 Geographica のトラックデータ
カシミール3Dのグラフ 2.8km→3.1km
台東区05 Eコース(入谷地区健康推進委員おすすめ)のコースタイム
経由地 | 距離km | 累計km | 総h | 所要h | 見学h | 着t | 発t |
---|---|---|---|---|---|---|---|
寿永寺 布袋尊 | 0.0km | 0:00 | 14:38 | ||||
一葉記念館 | 0.4km | 0.4km | 0:09 | 0:07 | 0:02 | 14:45 | 14:47 |
飛不動尊 恵比寿神 | 0.2km | 0.6km | 0:15 | 0:03 | 0:03 | 14:50 | 14:53 |
弁天院 朝日辨財天 | 0.6km | 1.2km | 0:29 | 0:11 | 0:03 | 15:04 | 15:07 |
小野照崎神社 | 0.5km | 1.7km | 0:42 | 0:09 | 0:04 | 15:16 | 15:20 |
法昌寺 毘沙門天 | 0.1km | 1.8km | 0:47 | 0:02 | 0:03 | 15:22 | 15:25 |
英信寺 三面大黒天 | 0.1km | 1.9km | 0:52 | 0:02 | 0:03 | 15:27 | 15:30 |
元三島神社 寿老人 | 0.6km | 2.5km | 1:04 | 0:08 | 0:04 | 15:38 | 15:42 |
入谷鬼子母神 福禄寿 | 0.6km | 3.1km | 1:13 | 0:09 | 15:51 | ||
2023/06/20(火)晴 | 3.1km | 1:13 | 0:51 | 0:22 |
台東区05 Eコース(入谷地区健康推進委員おすすめ)の感想
下谷七福神を巡るコースです。最初の寿永寺(布袋尊)は門がしまっていて、中へ入れず拍子抜けでした。「昭和52年正月から7社寺揃っての御開帳が始まり、朱印がいただけるのは1月1日〜1月15日のみ」ということで、殆どの社寺では人の姿を見かけませんでした。
それに比べて小野照崎神社は参拝者が数人いて、グループも見かけました。ここの富士塚は高さ15m、文政11年(1828)の築造だそうです。新宿区コース09の成子天神社の富士塚は高さ12m、大正9年(1920)でした。両方溶岩でつくられていることは共通です。しかし、小野照崎神社の開山は 毎年6月30日と7月1日だけで、それ以外は登ることはできません。それに比べて成子天神社のはいつでも登ることができます。なお、日本最初の富士塚は安永8年(1779)に築いた早稲田の高田富士(水稲荷神社:高田稲荷明神社)だと言われています(新宿歴史博物館所蔵資料展「富士講の世界」より)が、現在は移転して当時のものはありません。
以上です。
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E入谷 G浅草橋










































































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