mesetaのブログ

ウォーキングとフラメンコ

関東ふれあいの道 茨城県踏破証と記念品

今日、待っていた茨城県の踏破証が届きました。しかも記念品つきです。これまで1都4県の踏破証をいただきましたが、記念品は初めてです。感想で茨城県18コースのことをこれまでで一番ひどいコースだとさんざんこき下ろしていましたが、ちょっと見直しました。


送られてきた茨城県踏破証と記念品


認定番号第280号です

茨城県踏破証:茨城県第280 号 平成30年6月15日 首都圏自然歩道連絡協議会会長


茨城県踏破バッジ


茨城県踏破記念品

筑波山と霞ケ浦が描かれた笠間焼です。


笠間焼の歴史
江戸時代中期
笠間焼の歴史は江戸時代中期、安永年間(1772~1781年)から始まります。箱田村(現在の笠間市箱田)の久野半右衛門が、信楽の陶工・長右衛門の指導で焼き物を始め、窯を築いたとされています。

幕末~明治時代
後に、笠間藩の仕法窯として保護され、甕・摺り鉢などの日用雑器が作られた。幕末から明治時代にかけては江戸に近い利点から、大量生産をし技術者や従事者も飛躍的に多く増加しました。明治時代には特に厨房用粗陶品の産地として知られていました。
戦後
しかし、終戦後、プラスティック製品などの流入などにより、人々の生活様式も大きく変化し、笠間焼の需要は減り、窯元は今まで経験したことのない危機に陥りました。
そのような中、県立窯業指導所や窯業団地、笠間焼協同組合などが設立され、官民一体となり試行錯誤の末、厨房用粗陶品から工芸陶器への転換を図りました。

近年
平成4年に伝統的工芸品に指定され、近年では、古い歴史に育まれてきた伝統に新たな技法が加わり、「笠間火器」を開発し、土鍋や陶板など新たな商品を生み出しています。現在では、約300人の陶芸家や窯元がいる窯業産地となっています。


以上です。